読書記録37

wakaba-mark2010-05-06

鷲は舞い降りた 完全版 (Hayakawa Novels)

鷲は舞い降りた 完全版 (Hayakawa Novels)

書評家の茶木則雄によれば、本書を冒険小説の“東の横綱”。“西の横綱”はケン
・フォレットの『針の眼』としている。新直木賞作家佐々木譲は、本書のハヤカワ文庫版の解説をしているが、この両横綱へのオマージュとして『ベルリン飛行指令』と
『エトロフ発緊急電』を書いたそうだ。そればかりではない。『ミステリ・マガジン』の
アンケートをもとに’92年に早川書房から刊行された『冒険・スパイ小説ハンドブック』において、「冒険小説ジャンル」で名だたる作品を押しのけて堂々第1位に輝いて
いる。
時は1943年11月6日、第二次大戦で敗色の漂うドイツにあって、「英国首相
チャーチルを誘拐せよ」との密名をおびた、歴戦の勇士シュタイナ中佐率いる落下傘部隊の精鋭が、チャーチルが週末の休暇を過ごすとの情報をもとにイギリスの寒村に降り立った。この荒唐無稽な作戦の立案から実行までを、史実を巧みに取り入れ、
克明に描ききったのが本書である。
シュタイナ中佐たちの実際の死闘は本書の後半4分の1に凝縮されているのだが、
そこまでの話のもっていきかたが実にうまい。作戦を任される軍情報局のラードル
中佐、老女のスパイ、グレイ、シュタイナと共に任務に就く、一癖も二癖もある面々。
これら魅力的な登場人物の言動や心理状況をキャラクターとして配したうえで、
刻々と作戦の準備が整うさまはドキュメンタリータッチで、まるでノンフィクションの
ような現実味を帯びており、エンターテインメントであることを忘れるほどだ。
彼らは史実の通り失敗する。にもかかわらず読者が手に汗握るのは、「あわや」成功
する寸前までいくからだ。彼らが窮地に陥る最大の原因は、戦争だから敵は抹殺するが、人道にもとる行為はしないという騎士道精神のようなところにある。だからこそ
読者は彼らに感情移入し、応援したくなるのだ。そして読後になんともいえない余韻に浸ることになる。