読書記録85

敵手 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

敵手 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

“ターフを走るサスペンス”、ディック・フランシスの<競馬>シリーズ。
本書は’95年発表のシリーズ34作目にあたり、実に前人未到の3度目となる、
’96年度「MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞」のベスト・ノヴェル(最優秀長編賞)を
受賞した。元障害競馬レースの花形チャンピオン・ジョッキイ、隻腕の競馬調査員
シッド・ハレーが’65年の第4作『大穴』’79年の第18作『利腕』に続いて三たび登場する。
’96年、「このミステリーがすごい!」海外編で第4位にランクインしている。
前回登場の『利腕』からおよそ3年後、‘私’ことシッド・ハレーは34才になっている。 放牧中の馬の眼がつぶされたり、脚が一断のもとに切断されたりする事件が頻発
する。‘私’が調査によって浮かび上がった最重要容疑者は、アマチュアとプロという
違いはあれど、騎手として腕を競いあった、親友である4才年上の国民的人気司会者エリス・クイントだった。やむなく告発する‘私’に、ゴシップ新聞を中核としたバッシングの嵐が・・・。
ストーリーは、‘私’のあくまで自己を曲げず真実を追及する姿を追いかける。
ラスト近く、‘私’に対するバッシングの黒幕的人物とエリスから拷問を受けるシーン
では、‘私’そしてエリスの心の葛藤が見事に描写され圧巻である。
からくも脱出した‘私’だったが、さらなる生死を分ける危機が襲う。そしてなんとも
悲劇的なエンディング・・・。まさに原題『COME TO GRIEF(深い悲しみが訪れる)』
のごとき、“罪を憎んで人を憎まず”の名作である。
また、愛馬ポニーを傷つけられた元もとの調査依頼人である白血病の少女との交流、保護観察中の少年の更正なども、‘私’の人間性を垣間見るエピソードとして興味深く読むことができる。
シッド・ハレーは、『勝利』(’00年)から6年の沈黙を破って上梓された第40作『再起』(’06年)で4度目の登場をする。このシリーズで、フランシスにとっても読者にとっても思い入れの一番強いキャラクターなのだろう。