今日読み終えた本

顔 日本推理作家協会賞受賞作全集 (9)

顔 日本推理作家協会賞受賞作全集 (9)

松本清張は言うまでもなく、ミステリーがまだ一般に「推理小説」と呼ばれていたころの“社会派”のチャンピオンである。彼はそれまでのおどろおどろしい、絵空事のような「探偵小説」に不満を持ち、よりリアリティーに富む日常的な事件の上に犯罪(主に殺人)を犯すに足るもっともな動機や人間性を追求・構築した作品を書いた。そしてそれらの作品はベストセラーとなって一大ブームを巻き起こした。
彼は一部のマニアの間でのマイナーな存在だった「探偵小説」を、“社会派”「推理小説」として、一般読者にも受け入れられるメジャーな存在にしたのである。
かく言う私は、実は、彼の作品は今まで『点と線』しか読んだことがなく、「本格パズラー」ファンのひとりとして、松本清張という存在は対極に位置するものだった。昨今彼の作品がいくつか(『砂の器』、『黒革の手帖』)ドラマ化され、結構面白かったので、手近な短編から読んでみようと思ったのである。
本書は昭和31年にまとめられて単行本化された短編集である。そして昭和32年度の「第10回日本探偵作家クラブ賞・短編賞」を受賞している。いずれも私が生まれる前の、さらには『点と線』でベストセラーを記録して一世を風靡する以前の、著者初期の6つの短編だ。
時代背景の古さと、短編という制約の中、動機の不十分さ、結末のあっけなさは否めないものの、それぞれの内容は伏線、逆説、罠、人間洞察、ドンデン返しと推理小説のテクニックが駆使されていて、かつ「本格謎解き」の要素もある。作品によっては手記や検事調書など、表現にも工夫が凝らされており、ストーリー展開も会話部分が多く、比較的短いセンテンスでスピード感があり、意外にも(?)面白く読めた。
いずれも、推理小説の作品を依頼されて書いたものではなかったそうだが、物語の体裁はともかく内容は新聞の“社会面”をにぎわすようなリアリティーの強い推理サスペンスとなっていた。
最近、また彼のブームが静かに起こっているという。そろそろ絵空事的設定だけが主眼の単なる本格ミステリーでは読者の期待に応えられず、リアリティーを追求した彼のような社会性に富んだミステリーが注目されるようになってきたのだろう。