読書記録49

シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

超寡作ながら、『夢果つる街』(’88年、「このミス!」創刊号・海外編第1位)、
『ワイオミングの惨劇』(’04年、「このミス!」海外編第3位)など、1作ごとに趣向の
異なる名作を生み出した異色の覆面作家トレヴェニアン。本書は’79年発表の
“冒険スパイ小説の金字塔”と謳われるトレヴェニアン名義の第4長編。
時は1970年代後半、ミュンヘン・オリンピックのイスラエル選手殺害事件に端を
発したユダヤ人グループとアラブ人パレスチナゲリラとの抗争。それに、アラブ諸国と手を結び、国際的な石油とエネルギー関係の主要企業を支配し、アメリカにおいて
CIAをも傘下におさめる巨大組織・母会社≪マザー・カンパニー≫が介入する。
対するはフリーランスで“孤高の暗殺者”ニコライ・ヘル。敵の接近を肌で察知する
<近接感覚>、必殺の<裸−殺>の技を持って自身<スタント>と呼ぶまさに達人の域に達した“仕事”を行う。
本書においてヘルの<スタント>と復讐行為は下巻の僅かのページを占めるに
とどまり、大半はその境地に至るまでのヘルのヒストリーが、上海の租界地時代、日本での修行時代を中心に描かれる。トレヴェニアンの描く日本の戦前・戦中・戦後史、
碁の世界をもとにした“侘び”“寂”“渋み”といった日本文化は私たち日本人一般読者の理解を凌ぐ正確さと、奥深さを誇っており、感心してしまう。
本書は、ヘルがいかにして“シブミ”を会得したかという物語であると同時に、
トレヴェニアン流の日本文化論であり、アメリカ文化に対する鋭い批評でもある。
是非ゆっくりと味わって読みたい秀作である。
さて、本書の前日譚『サトリ』が、来月かのドン・ウィンズロウによって発表される。
ニコライ・ヘルの若き日の苦闘を描いたという作品だとか。大いに期待したい。