今日読み終えた本

遠き雪嶺

遠き雪嶺

私にとって「面白い小説」、「すぐれた小説」とは、「感情移入」できて「臨場感」を味わえる小説といえる。1人称・3人称のスタイルにかかわらず、いつしか登場人物たちに感情移入していて、まるでその場に居合わせるかのような臨場感を味わい、知らない間にページが進んでいる。加えて感動してグッときたり、ミステリーならハラハラ・ワクワク・ドキドキしたり、ラスト近くで大どんでん返しトリックを食らったりしたら、もう言うことない。
そういう意味で本書はとても「面白い・すぐれた」ドキュメンタリータッチの小説だった。
今から70年前、昭和11年立教大学山岳部は日本で初めてヒマラヤに遠征して、ナンダ・コットの世界初登頂に成功した。
遠征隊派遣にいたるまでの数々の準備と関門、インド到着からヒマラヤ、ナンダ・コット麓に至る道のり、ベースキャンプ設営から頂上アタックへの苦難の登山、キャラバン隊編成の苦労、シェルパとの親交や隊員同士の軋轢…。夢を抱いた男たちの壮絶な人間ドラマが、浜野正雄という一隊員の目を通して描かれている。
日本初の海外登山遠征を題材にしたこの作品は、まるで良質の山行報告書を読むがごとく、ずんずん心にしみ込んでくる。読んでいるうちに自分が浜野その人になったかのように感じられるし、また、見たこともないヒマラヤの高峰がまるで映像のごとくありありと浮かんでくる。
著者谷甲州は海外協力隊の経験もあり、’96年には『白き嶺の男』という短編集で「第15回新田次郎文学賞」を受賞したほどの本格的な山岳小説の書き手である。と同時にスケールの大きなSF小説架空戦記ものなども得意としている。
本書はそんな著者の作品の中でも、構想10年、執筆開始から脱稿まで6年という、綿密な取材に基づいたノンフィクションといってもよいほどの性格を持ったダイナミックな本格山岳大作となっている。