今日読み終えた本

失踪―松本清張初文庫化作品集〈1〉 (双葉文庫)

失踪―松本清張初文庫化作品集〈1〉 (双葉文庫)

「社会派推理小説」の巨匠、松本清張の文庫未収録作品を集め、先月刊行された選集の第一弾。今月、第二段として『断崖』が刊行されている。
本書は『草』という昭和35年週刊朝日」連載の中編と昭和31年から昭和46年の間に同誌と「オール小説」に掲載された3つの短編からなっている。
『草』は沼田一郎なる肝臓病で入院している患者の、入院先の病院で起こる事件を綴った手記の体裁をとっていて、終盤に一転、読者のほとんどが騙されるであろう、驚くべき結末が待っているという趣向の作品だ。この中編は、本文中、結末・謎解き部分の直前に「今までの話に私はその手がかりをいろいろ出しておいたつもりです。(中略)それぞれに小さなデータを出して全部話しました。考えてみてください」と“読者への挑戦”のようなセリフや「アンフェア」などという言葉が飛び出したりして、「社会派推理」の巨匠の手によるものにしては「本格謎解き」の要素の強い作品となっている。
私は著者の作品はみんな絵空事的設定や荒唐無稽な物理的トリックを廃した、いわゆる「本格パズラー」とは対極に位置する、日常的社会性の強いものだと思っていたのでこれは意外だった。(『草』に関しても非現実的な設定や物理的トリックは無く、テーマは、病院というある意味非日常的なシチュエーションを選びながらも、あくまで社会性が強いが)
併録されている3篇の短編は誌面の制約もあるのだろうが、小説というより、新聞の社会面に載るような犯罪事件の、その記録を綴った実録を読んでいるような、少し潤いに欠けた殺伐としたものを感じた。ただ最後の1編『詩と電話』は、昭和31年発表の著者初期の作品で、「謎解き」と「抒情」の融合に、著者がチャレンジした佳作だと思った。
私は著者の短編集を続けて2つ読んでみて、長編はともかく、こと短編においては「社会派推理」も「本格パズラー」も根底の「謎解き」という点で通底するところがあるものだと思った。