今日読み終えた本

鉤 (文春文庫)

鉤 (文春文庫)

このミステリーがすごい!」の’03年海外編で第5位にランクインされた作品。先日この日記(3月3日付「読書記録」)に記した同じ作家の『斧』の姉妹編といわれている。
『斧』が厳しいリストラをベースにしたアメリカ雇用事情を痛烈に風刺した小説だったのに対して、本書はアメリカ出版事情をテーマとしているからである。
ブライスはベストセラー作家の地位にありながらスランプに陥っていた。一方ウェインはアイデアを持ちながら本が出せない三文作家だった。ふたりは20年ぶりに偶然出会う。お互いの近況を紹介し合うと、ブライスがこう提案する。「きみの小説をおれの名前で出版しよう。出版の前払い金は山分けで、55万ドルだ。」ふたりの利害は一致するのだがその話にはさらに条件があった。ブライスの離婚調停中の妻を亡き者にしてくれというのである。
読者はそこで、本書が、ウェインがブライスの妻を殺害するために綿密な計画を練り、そして実行に移す一連のプロセスを描く犯罪小説かと思うだろう。
しかし彼は、おっかなびっくりではあるが、半ば突発的に犯行に及んでしまう。ここまでで、まだ物語は3分の1も進んでいない。
ここからブライスの苦悩が始まる。すべてすっきりとして仕事(新作)に打ち込めるはずが、妻殺しを依頼した呪縛にとらわれ、間接的ではあるが殺してしまったことを後悔し、恋人にも去られて、ニューヨークから郊外に転居し、編集者から新作の催促をされるが事態は一向に好転せず、スランプ状態はより深刻になるばかり。彼は次第に正気の淵から足を踏みはずしてゆく。
一方のウェインは対照的に、コトを成した後、雑誌記事の仕事などがボツボツ入り、妻との家庭生活も安定してゆく。
著者は、第一線で活躍するベストセラー作家の名声を維持するために、こんなこと(ゴーストライター、妻殺し)までしなければならず、そのために荒廃してゆく人間・ブライスの悲劇を描きながら、厳しい出版事情を通して、現代アメリカ社会を痛烈に風刺しているのである。