今日読み終えた本

緋色の記憶 (文春文庫)

緋色の記憶 (文春文庫)

アメリカにおけるミステリーの最高峰、「MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞」・通称エドガー賞の’97年度最優秀長編賞を受賞した、トマス・H・クックの名作。
といってもセンセーショナルな「本格謎解きパズラー」でも「警察小説」でも「ハードボイルド」でも「サイコサスペンス」でもなく、とても静謐な作品である。
主人公をめぐる過去と現在が交互に描かれ、エピソードが積み重なって、しだいに記憶の闇に埋もれた忌まわしい悲劇の真相が明らかになるというスタイルを持った著者・クックの諸作品を、原題や登場人物たちにはなんら共通するところがないのだが、日本では邦訳の際、『XXの記憶』というタイトルをつけ、『記憶』シリーズとしている。
現在までに4作品が邦訳されている。
発表年の順番もアメリカでのそれとは異なり、日本では本書が『記憶』シリーズの
第1弾として’98年に翻訳・発表され、この年の「このミステリーがすごい!」の海外編で第2位にランクインされた。他の3作品もすべて邦訳発表年の「このミス」の上位ベストテンにランクインしていて、それほどこれら『記憶』シリーズは、完成度が高く、著者の代表作となっている。
本書の原題は『チャタム校事件』。『事件』は通常ミステリーで使われるCaseではなく、Affair(浮気、情事、醜聞という意味もある)という言葉が使われている。
1920年代後半、ニューイングランドの静かな田舎の学校に、ある日若く美しい美術教師が赴任して来た。そして妻子持ちの同僚教師との不倫が悲劇をよぶ。物語は老弁護士が15才の頃の自分に戻って当時を回想する形で進んでゆく。
彼の少年時代の述懐は、精緻な美しさに満ちていて、事実を感受性豊かにとらえている。そして語るともなく語られてゆく謎と、最後の章で明かされるその恐ろしい真相は、彼がここまでストイックに人生を重ねなければならないほどのものだった。
哀愁に満ちた老弁護士の諦念の情すら漂う語り口から、知らぬ間に移行して、瑞々しい感性がふんだんにあふれる少年の視点で語られる物語は、ミステリーというより英米文学の逸品を読んでいるような感じがした。