今日読み終えた本

あの日にドライブ

あの日にドライブ

荻原浩は抽斗(ひきだし)の多い作家だ。たっぷり笑えてしみじみ泣けるユーモア小説や人情ものを書いたかと思えば、シリアスなミステリーや哀愁と感動の人間ドラマを
書いたりする。
本書はあえて言えば、渡辺謙主演で映画化される『明日の記憶』(当日記8月21日付「読書記録」に記す)の系譜に連なる人間ドラマということになるだろう。
’05年下半期「第134回直木賞」の候補作でもある。
牧村伸郎は43才。優秀で着実な営業実績とキャリアを持つ銀行員だったが、おととし、上司へのたった一言の諫言がもとでリストラ同然の出向を命じられて、自ら退職する。公認会計士を目指して自宅浪人を始めたが、試験を受けるまでの腰掛のつもりで、3ヶ月前タクシードライバーになった。会社では営業ノルマに追いかけられ、家では特殊な勤務時間のため、妻や娘、息子ともまともに会話ができない。毎日に疲れきり、ストレスから円形脱毛症になってしまった。
彼は、今までの人生の岐路すべてで誤った選択をしたと思いはじめる。「もう一度、
人生をやり直すことができたら」、「もう一度、チャンスが欲しい」、「できるなら、時計の針を戻したい」
いつしか彼は、自分が選ばなかった道を見てやろうと決心し、やり直しの人生をバーチャルに想像するようになる。あの時違う選択をしていたら・・・、もし野球を続けていたら・・・、もし銀行ではなく出版社に就職していたら・・・、もし学生時代のカノジョと結婚していたら・・・、自分の人生はこんな風にはならなかっただろう。---悪い想像はひとつも浮かんでこない。
そして、夢のような過去を辿りなおし、“あの日にドライブ”をして、文字通り夢想した彼が見たものとは・・・。
著者は、ユーモアとペーソスあふれる独特の荻原テイストを醸し出しながら、誰もの頭に一度はよぎるであろう“人生のやり直し”というテーマに真正面から挑んでいる。
どうなることかと思って読んでゆくのだが、最後には前向きでさわやかなエンディングに胸をなでおろしている自分がいた。