今日読み終えた本

悪党たちは千里を走る

悪党たちは千里を走る

貫井徳郎も好きな作家のひとりである。「第4回鮎川哲也賞」の最終候補作となった
デビュー作『慟哭』が’99年に文庫化された時に読んで、その本格ミステリーとしての鮮やかな構成と精度の高い文章、サスペンスフルなプロット、衝撃のラストに魅せられてしまった。昨年あたりから彼の代表作として再評価され、売れ続け、版を重ねているという。彼は、一応“本格ミステリー”の書き手とされているが、社会性の高いテーマを中心に作品の幅を“本格”の範疇にくくれないほど次々に広げている。
本書は貫井徳郎としては異色作である。“誘拐”がテーマであるが、いつもの彼の作品のような重苦しい感じや大きな仕掛けはない。今回は肩の力を抜いて、楽しんで書いたのではないだろうか。私も気楽に読み進むことができた。
高杉は、経営コンサルタントを騙っていかがわしい儲け話を売り込んだり、カード詐欺で糊口をしのいだりしているケチな詐欺師だった。彼を‘アニキ’と慕う弟分の園部がいるところなど絵に描いたような設定だ。そんな彼らにカラーコピーした名画の贋物の
リトグラフを売りつける美人詐欺師、菜摘子が仲間となってドタバタ誘拐劇が繰り広げられる。
はじめはある豪邸の飼い犬の誘拐を計画するのだが、下見の段階でその家の10才の息子、巧(たくみ)に逆に尾行され、自宅に乗り込まれてしまう。そこで巧はなんと
「自分が誘拐されたことにして、吝嗇な親から身代金をせしめる」狂言誘拐の計画を
提案、3人に協力を求めるのだ。
ところがその巧が本当に誘拐されてしまって、高杉たちは、あろうことか誘拐犯に代わって、親から身代金を取るように脅迫される。かくして彼らの奮闘が始まる。真犯人の代理として親への脅迫・身代金の受け取りと真犯人への受け渡し、巧の救助、真犯人が何者かを突き止める推理・・・。ストーリーの展開はユーモアとスピードがたっぷりで、まるで軽妙なユーモア小説を読んでいるような印象を受けた。
惜しむらくは物語の前半部分にほとんど動きがなく、後半にプロットが凝縮されてしまっていることと、ラストが思いがけずあっけなかったことである。
しかしそこはさすがに貫井徳郎狂言誘拐の上前をはねるというアイデアの斬新さや、きわめて現代的な身代金の奪取方法は、よく考えられており、また真犯人の手掛かりも作品の冒頭部分にもう伏線を忍ばせている。
本書で読者は貫井徳郎の“いつもとは違う”一面を見ることができる。