今日読み終えた本

闇に問いかける男 (文春文庫)

闇に問いかける男 (文春文庫)

『緋色の記憶』(3月10日付「読書記録」に記す)で、’97年度のアメリカにおける
ミステリーの最高峰、エドガー賞を受賞したトマス・H・クックが’02年に発表した、
一連の<記憶>シリーズとは少し趣の異なる作品。
しかし、さすがはクック、日本では’03年、「週刊文春ミステリーベスト10」海外部門
第8位、「このミステリーがすごい!」海外編第11位に、それぞれランクインしている。
時は1952年秋、ニューヨークの公園でひとりの少女が殺害される。警察は、ただちに公園に寝泊りしていた不審な若者を逮捕したが、男は10日間犯行を否認し続けた。状況証拠は限りなく‘クロ’だったが、物的証拠は無かった。残された勾留期間は翌朝6時までのあと11時間。男から自白を引き出すべく、ふたりのベテラン刑事による最後の尋問が始まる。果たして限られた時間内に‘落とす’ことができるのか。
かくして、各章の冒頭に時計のイラストを配し、ゼロアワーの雰囲気を盛り上げながら、一晩に渡る取調べや周辺のエピソードの数々を時刻を追ってたどってゆくかたちで物語は展開してゆく。最後の最後にミステリーらしい“どんでん返し”も用意されている。しかし、そこはやはりクックの作品らしく、ただのスリリングなタイムリミット・サスペンスではない。
容疑者、取り調べる刑事たち、その上司など、登場人物たちのほとんど誰もが人生につまずき、この世界の理不尽さに傷つけられ、深い悲しみを抱いて生きているのだ。
それらの“背景”というか、“闇”が次第に明らかになってくる後半は、クックならではの
「切ない」人間ドラマがくっきりと浮き上がってくる。
本書は、サスペンスの形を借りて、人間そのものや世界の不条理を、静かに描いた
名作である。