読書記録30

黒百合

黒百合

’08年、「このミステリーがすごい!」国内編第7位、「週刊文春ミステリーベスト10」
国内部門第8位にランクインした、職人肌の名匠、多島斗志之が精魂をこめ、繊細な技巧を駆使した、瑞々しい情感にあふれたミステリー。
昭和27年、14才の寺元進は、東京からひとり離れて父親の旧友浅木の持つ六甲山の別荘で夏休みを過ごすことになった。そこには浅木の息子で同い年の一彦がいた。また近所の裕福な家庭の、これもまた同い年の倉沢香とも出会う。彼らは意気投合
して、ハイキング、水泳、スケッチと毎日のように夏の避暑地の日々を過ごす。
やがて進と一彦は香にほのかな恋心を抱くようになる。この小説のほとんどを占めるのはつたない進の日記から始まる甘酸っぱい青春物語の懐古である。
その一方で、進と一彦の父親たちが昭和10年、ナチス政権下のドイツはベルリンで出会った不思議な女性との交流と、昭和16年から20年、戦時下の神戸における
鉄道員と女学生の恋と、それが原因で起こる殺人という、ふたつのエピソードが
挟み込まれる。
はたしてこれら三つのパートがどう関っているのか。読者の興味は尽きない。そして
時を越えた複雑な人間関係が次第に明らかになり、これまで見えていなかった風景が終盤浮かびあがる時、作者の企みが現れる仕組みになっている。
多島斗志之は、基本的には淡い文芸的な青春恋愛小説を読者に読ませながらも、
思いがけないところに伏線を張り巡らせていたり、<六甲の女王>なるミスディレク
ションに惑わせたりするのである。
本書は超絶的なテクニックに支えられた傑作である。