読書記録29

借金取りの王子

借金取りの王子

本書は、山本周五郎賞を受賞した『君たちに明日はない』の続編にあたる、リストラ
請負人・村上真介のエピソード短編集である。’06年5月号から’07年1月号に
かけて「小説新潮」に掲載された5編からなっている。
前作は、真介の仕事と、8才年上の恋人陽子との恋愛が主体の痛快エンターテイン
メントだったが、本書の各作品では最後の「人にやさしく」を除いては、ふたりは脇役にまわり、真介が面接するリストラ対象者達が主役になっている。
なぜ会社から自主退職勧告の面接を受けるに至ったか、それぞれの入社以来の仕事の来歴や個人的な心情を描くことに筆がさかれているのだ。
私の心に特に響いたのは、File2の「女難の相」とFile3の表題作「借金取りの王子
だった。両編共に被面接者の過去の生き様とこれからの人生の生き方、周りの人々
との関係など、個人的な人間模様が良く描かれており、前作を上回る人間ドラマが
展開されているように思った。ただのエンターテインメントを超えて、ひとまわり重く深みを増した感じだ。
それと、本書では、「老舗百貨店」、「生命保険会社」「消費者金融」「温泉旅館」が相手企業になるのだが、前作同様、垣根涼介による業界リサーチもきちんとされており、
充分に取材したことがうかがえて、物語が恐ろしいほど現実味を帯びている。
ともあれ、現在は、派遣切りや内定取り消し、賃金カット、希望退職者募集の拡大など、本書が初出で書かれた時期よりも不況は深刻だ。明日はわが身だ。のんびりとはしていられない。しかし、そんな時代でも、世の中とうまく渡りをつけて自分らしく、人間らしく生きるとはどういうことなのか。ふとそんなことを思いながら本書を読了した。