読書記録54

さよなら渓谷

さよなら渓谷

週刊新潮」に’07年7月から12月まで連載された、純文学畑の作家吉田修一
『悪人』に次いで書いた“犯罪文学”。
はじめは我が子を手にかけた、現実に起こった事件をモデルにした、ある女の
幼児殺人事件だったが、この小説のメインテーマはそうではない。
この事件はきっかけにすぎず、実際は隣家に住む若夫婦の過去を取材記者が探り
当てるところから始まる。その15年前の“事件”が歳月をかけてもいつまでも「傷」
として残る“被害者”と“加害者”のふたり。
物語はこのふたりの過去とそれを調べる取材記者のエピソードなどを交えて、意外に静謐に進んでゆく。
次第に明らかになるふたりの関係と真実、そして結末はとても哀しい。
「幸せになってはいけない。一緒に不幸になるって約束した」、
「幸せになりそうだった」だから・・・。
なるほど“考えさせられる”重苦しいテーマの作品ではあるが、『悪人』でドラマチック
吉田修一が描いた“魂の叫び”みたいなものは感じられず、読後感はスッキリと
しなかったし、あまり心が揺さぶられなかった。