読書記録70

殺人者の顔 (創元推理文庫)

殺人者の顔 (創元推理文庫)

ヘニング・マンケルの<ヴァランダー警部>シリーズ第1弾。スウェーデンの新しい
警察小説の歴史が本書から始まった。
舞台は、スウェーデンの最南部の田舎町イースタ。その近くの村で農夫が
惨殺される。虫の息だった妻も病院で「外国の・・・」と言って息を引き取る。怨恨か、
金銭がらみの諍いか、動機も定かではない殺人事件の捜査に、わずかな手がかりを元にイースタ署の刑事たちの地道な捜査が始まる。やがて犯人は外国人という噂がマスコミに漏れて、移民排斥を標榜するものからの脅迫電話、ついにはソマリア人の殺害事件まで起こる。
本書における警察小説の面白さは、リアリティーに富んだ現実の捜査活動がしっかりと描かれており、かつ真犯人を追い詰めたと思ったらそうではなく、終盤に至りなんと
半年以上も経ってから急転直下の解決を見るところである。
また、イースタ警察署のヴァランダーを中心とした、緻密で粘り強い警察の捜査活動と同等に、彼の人となりや私生活に詳しく触れている点も特徴的である。妻に逃げられ、復縁を願って泣いてしまう姿や、娘や父親との良好とはいえない関係。自分は古い
タイプの警官でもうやっていけないと憂鬱な気分になったり、飲酒運転をして仲間に
助けられたり、既婚の美人検察官に言い寄ったりと、その種のエピソードには
枚挙に暇がない。決してカッコいいとはいえない中年太りの警官で、コミカルなもの
さえ感じさせるが、本人はいたって大真面目なのである。
このキャラクターこそが本書の、そしてこのシリーズの最も愛すべきところなのだろう。
さらに、かつて、<ヴァランダー>シリーズの四半世紀前に、私も高校時代に全10冊(『ロゼアンナ』から’71年度アメリカにおけるミステリーの最高峰、「MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞」のベスト・ノヴェル(最優秀長編賞)受賞作の『笑う警官』を含め、
『テロリスト』、『唾棄すべき男』まで)を読破したのだが、マイ・シューヴァル
&ペール・ヴァールー夫妻によって書かれた<マルティン・ベック>シリーズが
すぐれた警察小説であると共に、’60年代半ばから’70年代半ばにかけての
世界情勢からスウェーデンが受ける影響や内部の社会問題をも描いた“年代記
だったように、このシリーズも’90年代のスウェーデン社会の問題、本書では外国からの移民・亡命問題が深く関っている。それが、本書をして一層深刻で重みのある物語にしている。