読書記録26

wakaba-mark2010-04-05

ハードボイルド私立探偵の代名詞ともいえるフィリップ・マーロウが一人称で語る
本書は、レイモンド・チャンドラーの代表作であると共に、アメリカにおけるミステリーの最高峰、「MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞」’55年度ベスト・ノヴェル(最優秀
長編賞)受賞作である。この“準古典小説”『長いお別れ』が村上春樹の訳出により
ロング・グッドバイ』として甦った。この新訳版は’07年、「週刊文春ミステリーベスト
10」海外部門で第9位にランクインしている。それが、私が初めてチャンドラー作品を読むきっかけとなった。当然、清水俊二の旧訳は読んでいないため、新訳・旧訳の
比較はできないので、作品自体の感想になる。
本書でマーロウは、テリー・レノックスに友情を抱き、彼が犯したとされる妻殺しを
信じようとしない。そして、ベストセラー作家ロジャー・ウエイドとその妻アイリーンと
知り合うようになり、ロジャーがレノックスの妻の不倫相手のひとりだと知るのだが、
ロジャーもアイリーンも死んでしまう。調査の結果、これらの愛憎の果ての血なまぐさい事件の真相を知るのだが、マーロウは、常にタフで、頑固で、機知に富み、孤独で、
やくざで、金には淡白で、ロマンチックである。彼が語る一人称叙述は、余分な心理
描写を省いて、その目に映る情景を切り取るように語られる。また、物事に一家言を
持っており、そのこだわりも語られる。そのあたりを原文にあくまで忠実に、省くことなく翻訳したということが、村上春樹の長い「訳者あとがき」(これがまた名文であり、本書の価値を一層高めている)にあるが、読んでいてもまだるっこしいところはなく、不思議とストレートに胸に入ってくる。
本書は、さすがにMWA賞受賞作だけあって、そのキャラクターが多くの読者を
惹き付ける、紛れなき存在感を身につけたヒーロー、フィリップ・マーロウが主役の、
その時代を背景にしたロス・アンジェルスを舞台にした男女の愛憎や二転三転する
プロットと、変わらぬ男の友情を描いた、改めて清水俊二の訳による『長いお別れ』も読んでみたくなるような傑作である。