読書記録27

さよなら、愛しい人

さよなら、愛しい人

村上春樹が『ロング・グッドバイ』に続いて新訳に挑戦した、レイモンド・チャンドラーによる1940年発表の、私立探偵フィリップ・マーロウの物語。これも私は初読なので、清水俊二の翻訳による『さらば愛しき女よ』との比較ではなく、作品自体の感想に
なる。
8年間の服役を終え、消えた恋人を捜してLAの街をさまよう前科者ムース・マロイ。
彼と出会ったことでマーロウは奇妙な事件の渦中に巻き込まれる。
ロング・グッドバイ』の時もそうであったが、次に舞い込む依頼や出会う人々、遭遇
する殺人事件、またマーロウが痛めつけられるわけは、一見本筋とは無関係に
思われるのだが、読み進んでいくうちにそれぞれにつながりがあることが分かる。
本書では肝心のマロイが表に登場するのは巻頭と巻末だけにすぎないが、彼の
存在感と、捜し求める恋人ヴェルマが、物語の最後まで影のようにつきまとうのだ。
そして意表をつく真相。読者は一体いつの間にマーロウはそこに辿りついたのか煙に巻かれるようだ。物語の終末で、アン・リオーダンがマーロウに言う言葉はまさに的を射ている。
「どこまでも勇敢で、強情で、ほんの僅かな報酬のために身を粉にして働く。みんながよってたかってあなたの頭をぶちのめし、首を絞め、顎に一発食らわせ、身体を
麻薬漬けにする。それでもあなたはボールを離すことなく前に前にと敵陣を攻め立て、最後には相手が根負けしてしまう」
ともすれば本書は、村上春樹が訳したということがクローズアップされがちだが、
上述のマーロウの姿や意外な真相・男女の哀切な愛情に心を揺さぶられる、
<チャンドラー・ハードボイルド>の準古典的名作である。