読書記録29

ダシール・ハメットレイモンド・チャンドラーとハードボイルド御三家と称される
ロス・マクドナルドのLAの私立探偵リュウ・アーチャーを主人公にした、『さむけ』と
並ぶ’61年発表の代表作。
‘わたし’ことリュウ・アーチャーは、ある富豪に呼び出されて、2ヶ月間行方不明に
なっている21才の娘フィービを捜してくれと依頼される。学校関係者と話したのち、
鍵はくだんの富豪と険悪の仲にあり、今は離婚したフィービの母親であると感じた
‘わたし’はサンフランシスコへ赴き、その母親の痕跡を追って調査を続ける。
しかし思わぬ殺人事件が続けて2件起こったり、やっと見つけた母親を何者かに
タイヤレバーで殴られ見失ってしまったりして、肝心のフィービ探しは霧の中である。
やがて、実に根気よく目撃者や関係者にあたって調査を進めるうちに、霧が晴れるように事件の全貌が明らかになる。
本書でマクドナルドは、リュウ・アーチャーをはじめとする登場人物の人物造形の
巧みさ、人間入れ替わりのトリック、金に対する欲望の深さ、男女の愛憎、
そしてなによりも、たとえ富豪といえども起こり得る“家庭の悲劇”を、おさえた筆致で語りつくしている。
本書に登場するのは普通の人々であり、人生の歯車が少しばかりねじれてしまったがために悲劇は起こるのだ。ラストの真犯人とのやりとりには息が詰まるほどの静寂さ
すら感じられる。
唾棄すべきワルが現れたり、麻薬抗争やギャングとの撃ち合いがあったり、激しい
暴力を描くばかりがハードボイルドではない、“人間を描く”ことが真のハードボイルドだ、というお手本のような作品である。