読書記録50

沼地の記憶 (文春文庫)

沼地の記憶 (文春文庫)

MWA最優秀長編賞を受賞した『緋色の記憶』をはじめ、原題とは異なるが日本で
<記憶>シリーズとして刊行された4部作が有名な、そのシリーズと同じ『・・の記憶』という邦題名をつけられたトマス・H・クックの邦訳最新刊。
アメリカ南部の小さな町の旧家の老人が、1954年に起こった痛ましい事件を回想
する物語である。当時‘わたし’は24才の高校教師で、おどろおどろしい歴史的事件を話しては生徒の関心を惹く特別授業を受け持っていた。ある日‘わたし’は、生徒に
「悪人」についてのレポートを課す。クラスでも目立たないエディ少年は、女子高生を
殺害し、自らも拘留中に別の受刑者によって殺された父親を題材にする。エディの
レポートを補助する形で事件の調査をする‘わたし’だったが、それは50数年を過ぎた今もなお‘わたし’の心をさいなむ悲劇をよぶ。
クック独特のゆっくりとした語り口は、ときどき記述される当時の弁護士や検察官との法廷でのやりとりのフラッシュバックを交えながら、事件の周りをためらいながら反芻
する。
‘わたし’と名家の当主である父親との関係、スラム街に住む生徒たち、また同じ
スラム地区の女教師との淡い恋愛などのエピソードを重ねながら、‘わたし’の独白は避けえない破局へ向かってじわじわと進行してゆく。
本書は、ドラマチックな展開や、派手なアクションや謎解きのスリルはないものの、
名作<記憶>シリーズを彷彿させる哀切は読んでいてなぜか心にしみて、他の誰でもないクックならではの文学的な小説世界を味わうことができる。