読書記録55

消されかけた男 (新潮文庫)

消されかけた男 (新潮文庫)

現在も続く、<チャーリー・マフィン>シリーズの第1作。どこから見ても風采の
上がらない中年の英国情報部員チャーリー・マフィンが初登場するブライアン
フリーマントルの初期(’77年)の作品。
チャーリーは、ソ連KGBの幹部でスパイ組織の責任者、ベレンコフを逮捕したことも
ある腕利きだが、上(上司)が変われば、下(部下)の待遇も変わるという日本の昨今の成果主義ではないが、旧組織の生き残りとして冷遇されてしまう。
折りしも、ベレンコフの親友であるカレーニン将軍が英国に亡命したがっているとの
情報が入り、新任のエリート上層部は情報部員を送り込む。しかし、ひとりは東独で
射殺され、もうひとりはモスクワで逮捕・発狂する。
そこでチャーリーの出番がやってくる。彼はカレーニン接触し、英米の情報機関
挙げての亡命遂行作戦が繰り広げられるのだが・・・、とんでもない“どんでん返し”が待っていた。
そもそも情報部員(スパイ)たるもの、母国の利益のためにあらゆる困難を乗り越え、
ミッションを完遂することが使命だが、本書でのチャーリーは、内部の謀略によって
作戦の犠牲にまでされかねないなか、うまく立ち回って、自らを有利に導こうとする。
そしてあっと驚く結末に至るまでの伏線が冒頭からあちこちに張り巡らされている。
すべてにおいて自己韜晦を徹底したチャーリーの思惑が明らかになった時、読者は
すっかり騙されていたことに気づき、感慨を新たにする。
本書は007のような英国情報部の派手な冒険活劇物語ではないものの、まるで現代に生きるサラリーマン小説のような人間味にあふれた、新感覚のエスピオナージュ
である。老婆心ながら、この先チャーリーがどんな形で組織の中で生きてゆくのか
というのが気にかかるところだ。