読書記録54

殺す者と殺される者 (創元推理文庫)

殺す者と殺される者 (創元推理文庫)

’57年に書かれ、’59年の最初の邦訳版が中古市場で稀書として高値でやりとり
されているヘレン・マクロイの名作が、’09年、創元推理文庫創刊50周年を記念
して、読者のリクエスト第3位だったことから待望の新訳版で復刊された。(ちなみに
第1位は同じマクロイ女史の『幽霊の2/3』)
おじの遺産を相続して、マサチューセッツの大学の職を辞して、ワシントン近郊の亡き母の故郷に引っ越した、心理学者の‘わたし’ことハリー・ディーン。移住前に転倒して頭を強打して、記憶を20分間失ったと思われる‘わたし’には違和感が生じる。
そしてかつての想い人が今は人妻となってしまったことを聞きショックを受け、移住したクリアウォーターの‘わたし’の身辺で、謎の徘徊者、差出人不明の手紙、消えた
運転免許証と、小さな異変が次々に起こり、やがて惨劇が・・・。
ネタバレになるので詳しくは書けないが、そこには思いもよらぬ‘わたし’の記憶の悲劇があった。
作品が書かれた年代から思えば、時代を先取りしたような「記憶」がテーマの
サスペンスフルで切ない心理スリラーだが、マクロイは現実と妄想の境界線を行く
物語世界を見事に構築し、記憶こそが人間の生涯を形成しているという鋭利な洞察を行っている。
本書は、一人称による“独白系”だから成立する記憶心理ミステリーであり、
読み終わってからもう一度‘わたし’のこのモノローグを再読したくなる逸品である。