読書記録74

昏き目の暗殺者

昏き目の暗殺者

本書は英語圏で最高の権威を誇る文学賞ブッカー賞」の’00年度受賞作であると
同時に、ハードボイルドの始祖の名を冠した「ダシール・ハメット賞」の’01年度受賞作である。つまりミステリーの要素を孕みつつも、優れた文芸作品として認められた
“カナダ文学の母なる女神”と呼ばれるマーガレット・アトウッドの大作である。
スタイルはかなりの<入れ子>構造で重層的である。ベースは80才を超える老婆
アイリスが語る一人称の波乱の一代記の追想であるが、その語りは祖父母の時代
から、孫に至る5世代に渡っている。
そして、それに並行して、25歳の若さで亡くなった妹ローラが遺した三人称小説
『昏き目の暗殺者』がはさまれる。これもひとつの回想録といえるのだが、さらに、
その小説の作中作としてSFファンタジーが語られている。さらにさらに、その中に
アイリスの懐古述懐に先行する形での過去の新聞記事が提示されてゆく。
これら次元の異なる物語は、やがて相互に共鳴し合い、読者には、アイリスが誰に
対して追想を語っているのか、果たして昏き目の暗殺者とはどんなものかが最後の
最後に分かる仕掛けになっている。
本書は、口の悪いおばあさんの、老いと苦い想い出への晦渋が詰まった“憎まれ口”が横溢したエピソードの数々で、英国の古典文学の諧謔趣味がうかがえるし、一方では「ハメット賞」受賞作だけあって、戦前の派手はでしいパルプマガジンの要素が
詰まっている。ともあれ本書は、「ブッカー賞」という文学賞を獲ったわりには、堅苦しいことは無く、大衆小説のように読みやすく、その寓意というか隠れた本質を読み取るのが難解といえば難解だが、ハードカバー667ページという大部にもかかわらず、一気に読ませるリーダビリティに富んでいる。「訳者あとがき」にあるように、本書は近代
現代文学の総決算になるような野心作であろう。