読書記録75

wakaba-mark2010-09-09

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

本書は、現代英国文学界を代表するカズオ・イシグロの、英語圏で最高の権威を持つ文学賞ブッカー賞」’89年度受賞作。アンソニー・ホプキンスエマ・トンプソンらが
出演した映画にもなっている。
かつて政界の名士であるダーリントン卿のもとで自他共に名執事として許していた‘私’ことスティーブンスは、1956年の夏、新しい主人であるアメリカ人の富豪
ファラディの好意で、ひとり自動車旅行に出かける。‘私’は昔の同僚で女中頭の
ミス・ケントンとの再会に胸膨らませながら、イギリスのすばらしい田園風景の中を
西へ向かう。
旅の途中、‘私’の内によぎるのは、長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の
鑑だった亡父、ふたつの世界大戦の間に邸内でも催された外交会議の数々、そして
そんな中での自分の執事としての仕事ぶりだった。
本書は、慇懃丁寧ともいえる人生の黄昏を迎えた‘私’の述懐というスタイルで、
じつに温和に、優しく、静かに語られるのだが、そこには、第二次大戦後、対ナチ
協力者として葬り去られ、不名誉をもって亡くなったダーリントン卿や、いまや
アメリカ人の富豪の所有するところとなってしまい、使用人も数えるほどしか
いなくなった、由緒あるダーリントン・ホールなどに象徴される、今はその光を失った「古き良き大英帝国」の栄光に対する哀惜の心がうかがえる。
最期のシーンで、ミス・ケントンとの再会ののち、‘私’は涙しながら、新しい主人に
対してアメリカ流のジョークの練習をしようと思い立つ。
本書は、失われつつある伝統的な英国が、執事である‘私’の述懐で抒情的に
描かれた、心にしみる名作である。