読書記録76

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

英語圏で最高の権威を誇る文学賞ブッカー賞」を『日の名残り』で’89年度に受賞
した、現代英国文学界を代表するカズオ・イシグロの’00年発表の第5長編。
おもな舞台は不安定な中国情勢・国際情勢の中での上海の外国人特別区“租界”。‘わたし’ ことクリストファー・バンクスは10才の時、父母が共に謎の失踪を遂げて
孤児になった。長じて父母を捜すために探偵となり、数々の難事件に関って名を成し、社交界にデビューする。
本書は、全部で7つの章から成り立っていて、それぞれ’30年、’31年、’37年、
’58年と、異なる時点から過去を振り返る‘わたし’の「追想」小説である。
少年時代の父母の思い出、隣家の日本人少年アキラとのいたずらなどの遊びの
思い出、名を成してからのサラ・ヘミングスとの淡い恋、養女ジェニファーとの関係などが抒情的・自省的に綴られてゆくが、常に‘わたし’の心にあったのは父母を探し出し、救出することだった。第6章の’37年時の追想は日本軍と中国共産軍、蒋介石
国民軍が入り乱れる上海の戦闘区域で、負傷した日本軍兵士であるアキラと再会して父母を救出するべく執念の探索行が描かれている。このくだりは圧巻であり、
リーダビリティーにあふれている。そしてついに明かされる衝撃の真相と、それを
知ったのちの‘わたし’のなんとも名状しがたい心の動き。
本書を探偵小説と見るむきもあるが、私は‘わたし’の記憶と過去をめぐる切ない
青春小説であり、「追想」の冒険譚であるように思った。
ところでタイトルの『わたしたちが孤児だったころ』であるが、なぜ「わたしが・・」では
なく、「わたしたちが・・」なのだろうか。ここに、読者を物語に巻き込むイシグロの意図がうかがえるような気がする。