読書記録37

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫)

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫)

’00年にファンタジー小説で作家デビューした、英国ウェールズ出身でカナダ在住のジョー・ウォルトン女史による、ナチス・ドイツと講和を結んだ英国を舞台にした、
歴史改変エンターテインメント3部作の第1弾。
’10年、「週刊文春ミステリーベスト10」海外部門で3部作まとめて第2位、
このミステリーがすごい!」海外編で第10位。
また、講談社の文庫情報誌『IN★POCKET』の’10年11月号「2010年文庫翻訳
ミステリー・ベスト10」で「総合」同点第4位、「作家が選んだ」部門第9位、「翻訳家
&評論家が選んだ」部門同点第4位にランクインしている。
1949年、英国は政治家および政界の有力者、軍人、大資本家、社交界で有名な
貴族からなる“ファージング・セット”と呼ばれる一大派閥の導きで、ナチス・ドイツ
単独講和を結んで8年。
この年の5月、そんな派閥の中心メンバーの内輪のパーティーが南イングランド
ハンプシャーの田園地帯にある、資産家で子爵・貴族院議員の広壮な邸宅で催されていたが、和平に尽力した下院議員が変死体で発見される。
物語は、その邸宅の令嬢だったが、家族の反対を押し切ってユダヤ人の銀行家と
結婚し、パーティーに招かれて里帰りしているルーシーの一人称叙述と、ロンドンからやってきて事件の捜査をするスコットランドヤードのカーマイケル警部補の三人称叙述が、ほぼ同じタイミングで交錯しながら進行してゆく。
ベースは、黄金期の本格パズラーを彷彿させるフーダニットだが、並行世界ならではの英国の、「ユダヤ人差別」「共産主義の弾圧」「国民の自由に対する制約」
ファシズムへの道」などが、‘わたし’ことルーシーの身の回りの述懐からより身近にひしひしと伝わってくる。
一方で真相にたどりつきながらも権力の壁に突き当たり、忸怩たる思いをする
カーマイケルの苦悩も、この設定ゆえのことである。この物語の救いは、折り合いが
つけられない“旧弊な家族”と“ファッショ化する英国”とに見切りをつけ、夫との新しい世界を築いてゆこうと船出する‘わたし’だといえよう。
ともあれ、この、読みやすいながらも深みのある壮大な物語絵巻は、一人称のヒロインを替えて、第2部『暗殺のハムレット』へと続く。