読書記録40

グリーン・サークル事件 (創元推理文庫)

グリーン・サークル事件 (創元推理文庫)

生涯で18編の長編を書いた、英国のスパイ小説の大家エリック・アンブラー
’72年に発表した、円熟期の第15作。
本書で同年度、英国におけるミステリーの頂点、「CWA(英国推理作家協会)賞」の、
’59年度の『武器の道』(当時の名称はクロス・レッドへリング賞)に続き2度目となる
ゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)を受賞した。
時はいまなお紛争が絶えないパレスチナを中心とした中東の’70年代初頭。おもな
舞台はシリア。三代続いた同族経営の<ハウエル海運貿易>の当主、‘わたし’こと
マイクルは社会主義にもとづいて資産凍結・国営企業化されることに対抗して、
「シリア産業開発省」の代表ハワ博士に、シリアの国益と会社の保全のために乾電池製造事業を勧める。その商標名が“グリーン・サークル”。
ある夜、‘わたし’の助手イサが不要な原材料を輸入している異変に気づき、秘書兼
愛人のテレーザと工場に乗り込むと、警備員として侵入し、工場を乗っ取ってイサと
ともに爆弾の起爆装置の製造をしている過激派テロリスト集団「パレスチナ行動軍
(PAF)」のリーダーであるガレドと出くわす。‘わたし’たちは、露見すると命に関る
誓約書にサインさせられ、ガレドの“同志”として、彼らのイスラエル攻撃の協力をすることに・・・。
しかし、‘わたし’は表面的には“同志”として恭順しながらも、自らの商売の才覚と
中東の不安定な均衡のバランスをもとに、自分と自らの会社を守るため、可能な限りの手を打つのである。迫り来るゼロ・アワーに向けて‘わたし’は危険な賭けに出る。
本書の面白いところは、主義・主張を持った筋金入りの過激派テロリストに対して、
それに反対する主義・主張を持った組織が企てを阻止しようとするのではなく、会社の経営者ではあるものの、一介の民間人が困難な状態をかいくぐり、上述のごとく闘う
ところにある。
本書はパレスチナイスラエルの一生即発の、「こんな事実もあったかもしれない」と思わせるような、当時の時事問題を、違った角度で、ドキュメンタリー・タッチに描いた作品である。