読書記録57

wakaba-mark2011-04-16

今回から6回にわたって、映画など映像化された原作作品を「読書記録」する。

殺人容疑 (講談社文庫)

殺人容疑 (講談社文庫)

’96年、「このミステリーがすごい!」海外編で同点第12位にランクインした、アメリカ純文学系の作家デイヴィッド・グダーソンが’94年に発表した長編デビュー大作。
米英でたちまちベストセラーになり、直ちに9ヶ国語に翻訳され、さまざまな文芸
・図書賞を受賞している(’95年「ペン/フォークナー賞」、「バーンズ&ノーブル
・ディスカヴァー賞」の新人賞、’96年「米国書籍商協会賞」、「太平洋北西沿岸書籍商協会賞」)。
時は1954年12月。ワシントン州の西、太平洋岸の小島サン・ピエドロ島で、カズオ
ミヤモトという日系人の刺し網漁師が9月に同業の男を殺した容疑での裁判が始まるシーンで幕を開ける。’36年以来という雪嵐の吹きすさぶ中、3日間の審理の最中に、被告人カズオ、その妻ハツエ、ハツエの十代の頃の恋人で島の新聞≪サン
・ピエドロ・リビュー≫を個人で経営し発行するイシュマエルたち関係者の胸に去来
するのは、人々に大きな傷を残し、運命の転機を与えた第二次大戦を中心とした、
親子二代の歴史、アメリカにおける日系人の扱い、自身の従軍体験、若き日の淡い恋、苺農園の7エーカーの土地所有に関する確執などの思い出であった。
グダーソンは四季折々のみごとな自然風景の描写を背景に、ひとびとのそれぞれの人生を抑制されつつも喚起力溢れる筆致で綴ってゆく。
本書は、この『殺人容疑』という邦題と「このミス!」ランクインとでミステリーと思われ
がちだが、確かに裁判小説の体裁をとってはいるが、謎解きやサスペンスより、実は
カズオ、ハツエ、イシュマエルたち登場人物の心の内側を解き明かしていくことに力が注がれた“文芸作品”といっていいと思う。その意味では邦題よりも原題の『ヒマラヤ杉に降る雪』のほうがふさわしいかもしれない。その証拠に、この原題のままに、
イーサン・ホーク工藤夕貴鈴木杏出演で映画化されている。
ともあれ本書は、読後に深く静かな感動の余韻がいつまでも残る秀作である。