読書記録76

シンデレラの罠 (創元推理文庫 142-1)

シンデレラの罠 (創元推理文庫 142-1)

私がこれから物語る事件は巧妙にしくまれた殺人事件です
私はその事件で探偵です
また証人です
また被害者です
そのうえ犯人なのです
私は四人全部なのです
いったい私は何者でしょう
版元のフランス・ドノエル社がつくった内容紹介の宣伝文である。
本書は、こうして’62年10月(邦訳初版は’64年11月)、センセーショナルに世に
出たフランスの作家ジャプリゾの2作目のミステリーである。
こういう一見不可能な設定がミステリーでどう“論理的”に解決されるか。その1点に
注目して読んだ。
‘私’は火災に遭い、髪も、顔も、皮膚も燃えて、真っ黒な体になって、しかも記憶を
失っている。同年代の幼な友達がいる。余命いくばくもない億万長者の伯母さんの
遺産相続人である。なるほどこういうことか。2度読み返して充分とはいえないまでも
ようやくシチュエーションが頭に入ってきた。
あやうい人間入れ替わりらしい述懐、何かと暗躍する後見人の35才の婦人、ラスト
近くに登場する恐喝者。全217ページに凝縮された‘私’の一人称叙述による謎に
満ちたサスペンス。
本書は、深刻な性格描写や綿密な動機づけより、プロット全体のツイストを効かせる
ことを重視するというフランス・ミステリのエスプリである。ひとつ言わせてもらえば、
ひとり四役という宣伝文にあまりこだわったり惑わされたりせずに、素直にフランス流
サスペンス小説として読むほうが楽しめるだろう。