読書記録81

前夜(上) (講談社文庫)

前夜(上) (講談社文庫)

前夜(下) (講談社文庫)

前夜(下) (講談社文庫)

現時点で15作が上梓されている、リー・チャイルドによる、ニュー・ハードボイルド
・元軍人<ジャック・リーチャー>シリーズの’04年発表の第8作。邦訳としては
4冊目。
’97年に創設されたアメリカのミステリー専門季刊誌≪デッドリー・プレジャー≫が主催する「バリー賞」の’05年度ベスト・ミステリー・ノヴェル(最優秀長編賞)受賞作である。また、レックス・スタウトのファンクラブ<ウルフ・パック>が主催する「ネロ・ウルフ賞」も同年受賞している。本書はシリーズの番外編とでも言うべき、リーチャーまだ29才で軍のMP(憲兵隊少佐)で軍警察現場指揮官だった時の物語である。
1990年元日になって数秒すぎ、ノース・カロライナ州の陸軍基地フォート・バードで
夜勤につく‘わたし’の元にかかってきた電話。すべてがそこから始まる。ヨーロッパで戦車隊を率いる機甲師団司令官でふたつ星の将軍が心臓発作で、みすぼらしい
モーテルで死体となって発見されたのだ。カリフォルニアでの会議に赴く途中とのことだったが、そもそも大晦日にヨーロッパから将軍が召集される会議とは。かりにも将軍たるものが一晩15ドルの安モーテルで果てるとは。‘わたし’は背景に大きな陰謀の影を感じる。
果たして、間をおかずに、くだんの将軍の妻がヴァージニアの自宅で撲殺、‘わたし’の基地では対テロ特別部隊デルタ・フォースの軍曹が同性愛の兵士を排除しようと
したような工作がなされて惨殺、サウス・カロライナ州の州都コロンビア郊外で同じく
デルタ・フォースの大佐が麻薬取引のこじれを偽装した形で射殺。
そもそもパナマで重要な作戦行動にあった、‘わたし’をはじめ20人もの現場指揮官が、偽のサインと思われる書類で年末の29日にアメリカ国内のさまざまな基地に
いっせいに異動になったこともおかしい。
‘わたし’は新任の上官の命を無視して、25才のアフリカ系アメリカ人の女性少尉を
連れ、大陸を北へ、西へ、そしてドイツへと赴き真相を探る。前年11月ベルリンの壁崩壊、翌’91年12月ソ連解体という東西冷戦終結をひかえ、模索し激動する米軍の存在感を背景に、持ち前の腕力と演繹的推理力を生かした‘わたし’流の正義感が
貫かれる。
また、パリにひとり住む母親の過去の衝撃の逸話やその死、兄ジョーとの久しぶりの邂逅が殺伐となりがちなストーリーに抒情性を持たせている点も見逃せない。
本書は、時代の節目において暗闘するリーチャーを描いた秀作である、と共に
これまで4作を読んできた読者としては、もっと彼の活躍が読みたいところだ。
次作の翻訳が待たれる。