今日読み終えた本

凍るタナトス (本格ミステリ・マスターズ)

凍るタナトス (本格ミステリ・マスターズ)

文藝春秋のミステリー叢書「本格ミステリ・マスターズ」レーベル’02年創刊時同時発売3冊の内のひとつ。
「本格」と銘打たれた新シリーズの作品にふさわしく、石膏ギプス包帯でミイラのように巻かれて窒息死させられたり、撲殺の後焼かれたり、頭部が切断されたり、また凍結保存された頭部が粉々に砕かれたりと凄惨な殺害・死体損壊方法と、時間および密室の壁に阻まれたセンセーショナルな不可能犯罪を扱っている。
そのわりには、物語全体に血腥さや凄惨さ、おぞましさをそれほど感じることなく、妙に落ち着いて読み進むことができた。
これは、永遠の生を夢見て遺体を冷凍保存し、何十年・何百年先の未来先進医療で復活させることを目的として設立されたクライオニクス財団という、特殊なシチュエーションのもとにストーリーが展開してゆくことがひとつ。もうひとつは登場人物たち、特に捜査側の主人公氷村(ひむら)警部補のキャラクター造形に依るところが大きいと思う。
著者は、数々の不可能犯罪を「本格ミステリー」として論理的に解明させるために、この最先端の生命科学テクノロジー財団を舞台としてあえて設定したのである。
また物語の終盤で氷村が、事件の真相をつかみながらも、自らの家族に対する永遠の愛の前に、警察官としての責務を逸脱する姿は壮絶であり、哀感すら漂ってきた。
柄刀一の作品を読むのは、デビュー長編『3000年の密室』とベストセラーになった『ifの迷宮』と本書で3冊目だが、いずれも歴史、生命科学、哲学や神学をからませたスケールの大きな不可能犯罪に加え、家族をおもう愛情がストーリーに彩を添えていて、単なる「本格パズラー」を超えた味わい深い作品だった。