今日読み終えた本

死の記憶 (文春文庫)

死の記憶 (文春文庫)

トマス・H・クックの、日本で『記憶』シリーズと呼ばれる4作品のひとつ。邦訳されたのは’97年度エドガー賞受賞作『緋色の記憶』(3月10日付「読書記録」に記す)に次いで2番目だが、本国アメリカでは’93年に発表された--原題もそのものズバリMortal Memory(死の記憶)--シリーズ最初の作品である。ちなみに「このミステリーがすごい!」では’99年海外編で第7位。この年クックは『夏草の記憶』(只今読書中)でも
第3位になっている。「このミス」海外編でベストテンに2作同時ランクインしたのは現在に至るまでクックの他には誰も成し得ていない快挙である。
ストーリーは35年前、父が母と兄姉を射殺して失踪した家族の悲劇を、当時9歳だった‘私’、スティーヴが回想するところから始まる。現在の‘私’は、あの日以来、“たまたま”建築士になり、夫になり、父親になり、“たまたま”の人生を生きてきた。
ある日『自分の家族を殺した男たち』というテーマで本を書くため取材したいとやって来た女性作家、レベッカによって眠っていた‘私’の記憶が呼び起こされたのだ。
レベッカに誘われるまま「父はなぜあんなことをしたのか」という謎を追想し、記憶の
ベールを一枚ずつ剥ぎ取ってゆくうちに、やがて‘私’の内にも、「かつて父が感じたのではないか」と思われるものと同様の、“中年の男”の心の奥の深い闇がひたひたと
襲い、自分自身の家族にも悲劇が訪れる。
物語のラストで35年前の想像もつかない事実が明らかになるのだが、著者の意図は決して真相の意外性にあるのではない。自己実現の不充足感、可能性を封じられた人生への不満、変化のない日常生活に耐えられなくなった心の乾き・・・、そんな閉塞からの精神の躍動を希求する思いが一歩道を逸脱した時、誰もが犯罪者になりうる。人間の心の深い闇から生まれる悲劇こそが本書のテーマであり、この『記憶』シリーズであるように思う。