今日読み終えた本

夏草の記憶 (文春文庫)

夏草の記憶 (文春文庫)

『死の記憶』に次いで書かれた(日本では『緋色の記憶』、『死の記憶』に続いて3番目に邦訳された)トマス・H・クックの『記憶』シリーズ第2弾。
このミステリーがすごい!」の’99年海外編で、第3位にランクインしている。(『死の記憶』が第7位と、ベストテンに史上唯一のダブルランクイン!)
舞台はアメリカ南部アラバマ州の小さな町、チョクトー。物語はここで医師として人々の尊敬を集める‘私’が、30年前のハイスクール時代に起きた悲惨な事件について
回想する形で進む。「これは、私の記憶にあるなかでもっとも暗い話である」という
書き出しで始まり、例によって、クック独特の小説作法で、いつの間にか<現在>から<過去>に‘私’の視点が移り、ひそかに想いを寄せる美しい転校生、ケリーをめぐるほろ苦い青春の日々が綴られるのである。
本書は事件の“謎”を縦軸にしながらも、実は16才の夏でしか感じることのできない、恋憧れる少女が持つまぶしいまでの輝きと、‘私’の彼女への屈折した想いを見事に描ききった、青春小説の傑作でもある。
学校新聞の編集、黒人公民権問題への関心、クリスマスのダンスパーティー、学年末の演劇、生徒同士の恋愛関係など、誰にでも覚えがあるであろうさまざまな青春期のエピソードが語られながら、ケリーを襲ったブレイクハート・ヒルの事件の“謎”のベールが一枚ずつ剥ぎ取られて、明かされてゆく。その真相は予想外であり、当時輝いていた生徒たちのうちの何人かの悲惨な<現在>とのつながりを思わせたり、その後の‘私’の生きかたを決定させたりするほどのものだった。
ともあれ、本書は前作『死の記憶』よりもブラッシュアップされ、情感に満ちた、密度の濃い作品である。
これでクックの、日本で『記憶』シリーズと呼ばれる4作品をすべて読んだことになるが、いずれも心に残る印象深い物語だった。とりわけ、本書と『緋色の記憶』はミステリー・エンターテインメントというより、すぐれた文学作品のような味わいがあり、シリーズの中核をなす名作だと思う。


死の記憶 (文春文庫) 夏草の記憶 (文春文庫) 緋色の記憶 (文春文庫) 夜の記憶 (文春文庫)