今日読み終えた本

わたしを離さないで

わたしを離さないで

’06年、「週刊文春ミステリーベスト10」海外部門第9位、「このミステリーがすごい!」海外編第10位にランクイン。『日の名残り』という’89年発表の作品で、英国最大の文学賞であるブッカー賞に輝いた現代文学の巨匠、カズオ・イシグロの第六長編である。ミステリー作家というより、純文学畑の作家の作品だ。
主人公は、キャシー・Hと紹介される31才の女性である。彼女は<提供者>と呼ばれる人々に対する介護をしながら、ヘーシャルムという田舎町の寄宿舎で、同じ時間を
共有した仲間たちとの過去を回想する。
彼らがなぜそんな場所にいたのかがこの小説のひとつの大きな謎である。その謎が明らかにされてゆく過程が、「週刊文春」や「このミス」など、多くのミステリーファンに
支持されたのだろうが、決してロジカルな推理があるわけでもないし、アクロバティックな叙述トリックがあるわけでもない。ただ、淡々と語られていくキャシー・Hの一人称があるだけである。しかし、そこには静謐ではあるが謎をはらんだ展開のなか、種明かしが少しずつ織り込まれてゆき、そして物語は「奇怪」、「異形」ともいうその恐るべき
全体像を読者の前に現してゆくのだ。
本書はカズオ・イシグロの手によらなければ、果たして、すぐれた美しい一人称青春文学として評価されただろうか。私は、哀しみに満ちた物語を読んだという感想と共に、ホラー小説を読んだあとのような余韻が残って仕方がなかった。