読書記録10

オリンピックの身代金

オリンピックの身代金

『最悪』『邪魔』の奥田英朗が帰ってきた。
’04年の第131回直木賞受賞作の『空中ブランコ』をはじめとするユーモア路線の
作品もそれなりに良いが、やはり私はシリアスな奥田英朗を待っていた。本書は期待を裏切らない、1400枚にも及ぶ社会派サスペンス大長編であった。
昭和39年夏、アジアで初開催の東京オリンピックに沸き返る東京で、警察を狙った
テロリストによる爆破事件が連続して起こり、脅迫状が届いた。事件はオリンピック
という大事業を目前にひかえて、国民にいらぬ動揺を与えないよう事実報道は
伏せられ、極秘に、しかし大量に捜査員が動員されて大がかりな国家の威信をかけた
捜査が始められる。公安警察も独自に動き始める。
これは、プロレタリアート革命を信じるひとりの東大大学院生が、オリンピック開催に
際しての、支配層と被支配層の矛盾に怒りを覚えて、東京オリンピックそのものを人質にとって8000万円の身代金を要求して国家に挑んだ反逆ののろしだったのである。
物語は主に犯人側の島崎国男の章と警察の捜査側の章が、時間をさかのぼったり
戻ったりして交互に描かれる。読みどころは、捜査側の刑事課と公安課との綱引きとか、徒手空拳の島崎が大それた犯罪を思いついて実行するに至る経過とか、警察対島崎の戦いとか、色々あるが、やはりなんと言っても一番は、敗戦後19年、この東京オリンピックを契機に高度経済成長期へと突き進む直前の「昭和」を、この小説が
圧倒的なスケールと緻密な描写で活写していることだろう。