読書記録36

ユダヤ警官同盟〈上〉 (新潮文庫)

ユダヤ警官同盟〈上〉 (新潮文庫)

ユダヤ警官同盟〈下〉 (新潮文庫)

ユダヤ警官同盟〈下〉 (新潮文庫)

本書は、’01年、ピューリッツァー賞(小説部門)を受賞した純文学作家マイケル
・シェイボンが書いた歴史改変SFストーリーである。’08年度のヒューゴー賞
ネビュラ賞ローカス賞といったSF賞の三冠を制したばかりか、受賞は逸したもののMWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞のベスト・ノヴェル(最優秀長編賞)にもノミネート
された。
時は2007年、舞台はアラスカ州の架空の“シトカ特別区”。ここには世界各地から
ユダヤ人が移り住み、いまや人口320万の一大自治都市となっている。
そして、2ヵ月後アメリカへの返還を控えたこの特別区の安ホテルで、ひとりの麻薬
中毒者の男が射殺される。
捜査に当たるのはランツマンというユダヤ人刑事だが、元は辣腕をふるった彼は、
今は辛い過去を抱えて酒に溺れ、離婚し、被害者と同じホテルに一人暮らしをする
よれよれの44才だった。彼は上司である元妻から事件を放置して、アメリカ復帰の
ための残務整理をするように命じられる。しかし彼は男の死亡現場がなぜか頭から
離れず、命令に逆らって事件にのめりこんでゆく。
殺された男の身元がわかってから、ランツマンの捜査活動の紆余曲折が始まる。
マフィアが暗躍し、宗教指導者が絶大な影響力を持つ“シトカ”。しかもあとわずかで
無くなってしまうという混乱のなかで、彼を待ち受ける運命は・・・。
われわれ日本人にはなかなか難解なユダヤ人問題をシェイボンは、本書で歴史改変SF+ハードボイルド+ミステリー+純文学というジャンル横断的な手法で突き詰めている。
いってみれば世界に離散したユダヤ人は「いつか故郷に帰りたい。あるいはどこかで自分たちの国を持ちたい」のではなく、「領土国家を目指すのではなく、流浪の体験
から得た民族と文化を横断する力をアイデンティティーの柱とするべき」と訴えている
ように思う。
そして、ハードボイルドの、傷だらけのアンチ・ヒーロー的な主人公ランツマンにそれを象徴させているのだ。