読書記録37

ブラッディ・カンザス (ハヤカワ・ノヴェルズ)

ブラッディ・カンザス (ハヤカワ・ノヴェルズ)

女性私立探偵<V・I・ウォーショースキー>シリーズでアメリカ・ミステリー界をリード
するサラ・パレツキーが少女時代を送った故郷ともいえるカンザスを舞台に書いた、
ミステリーではないノン・シリーズ作品。
ストーリーは主に農場を営むグルリエ家の4人家族を中心に展開されるが、
彼らの祖先はもともとフリーマントル家とシャーペン家と共に1855年にこの地、
コー・ヴァレーに移住してきて隣人付き合いをしていた。
しかし、今ではフリーマントル家は当主を失って無人化し、シャーペン家とは信教を
めぐって対立していた。
そんな時、フリーマントル屋敷に親戚筋の女性がニューヨークから来て住みはじめ、
グルリエ家に波紋を投げかけることになる。その女性ジーナに誘われて、異教の儀式に参加したり反戦運動を始めたりする母親スーザンと対立して、息子のチップが軍隊に入隊し、イラクに派兵され戦死してしまう。スーザンはその痛手から寝たきり状態
となり、父親ジムと娘のラーラも心を通わすことができずに家族はバラバラになって
しまうのだ。
この物語は、主にジムやラーラの視点を軸に進行してゆくが、彼らの心の揺れや言動を通して、思春期を迎えた子供と親との断絶、夫婦の絆、家族の絆、隣人たちとの
軋轢、町や学校での噂の広がり、青春期の恋愛など数々の問題を描いている。
もっと観点をおおきくすると、男女平等、イラク戦争、宗教の問題まではらんでいる。
かつては未開の大草原で肩を寄せ合うように暮らしていた人々も、歳月が過ぎ、激動の現代においては、世界と無縁ではいられないのだ。
本書は、ある家族の物語であると同時に、現代社会でのさまざまな問題を織り込んだパレツキーがいつか書きたいと思っていたという重みのある大作である。