読書記録73

笑う男 (創元推理文庫)

笑う男 (創元推理文庫)

ヘニング・マンケルの<ヴァランダー警部>シリーズ第4弾。
前2作『リガの犬たち』『白い雌ライオン』は、それぞれラトヴィアの独立運動
南アフリカの人種差別問題を扱った国際的な謀略冒険小説的な色合いが濃かったが、本書はスウェーデン国内に根を下ろした警察捜査小説である。
事件はひとりの老弁護士が交通事故に見せかけて何者かに殺害されるところから
始まる。今度はその息子の弁護士が射殺される。さらに、彼らの弁護士事務所の秘書が、自宅の庭に地雷を埋められる。そのうえヴァランダー警部と同僚が乗った車が
捜査中に尾行され、車に仕掛けられた爆発物で爆破され、あわやという目にあう。
そのほかにも、件の弁護士親子に脅迫状を送った会計監査官の不審な自殺など、
物語の前半は謎に満ちていて、イースタ署の面々も五里霧中の状態である。
そんななかでヴァランダーが目をつけたのは、ファーンホルム城という中世の城郭に住み、自家用ジェット機で世界を駆け回る国際的な企業家であり富豪の男だった。
しかし彼は各国の研究機関から名誉博士号を贈られるほどのスウェーデン国内でも
人望が厚い有名人だった。ヴァランダーは、まるで治外法権を持っているような
この“笑う男”の真の姿に迫るべく悪戦苦闘するのだった。
本書が本格的な警察小説であることもさることながら、読みどころは、前作で
大きなトラウマを抱え、うつ状態に陥り休職し、警官を辞めようとまで決意した
ヴァランダーが、彼の助けを請うために訪れた息子の弁護士の依頼を一度は断ったのだが、この旧知の友人の殺害事件をきっかけに復職し、折りに触れて描かれる心の
葛藤である。彼は公私にわたるあらゆる問題について自問自答を繰り返すのである。
また、彼がいつも胸に抱く「今は新しい時代であり、新しい世界の新しいやり方がある」を象徴するかのように新人の女性刑事が本書で初登場するのも忘れてはならない。
本書は、次の第5弾・シリーズ屈指の名作『目くらましの道』につながる、ヴァランダーの物語のひとつの折り返し地点に位置するのではないだろうか。