読書記録76

壊れた海辺 (ランダムハウス講談社文庫 テ 3-1)

壊れた海辺 (ランダムハウス講談社文庫 テ 3-1)

本書は、オーストラリアの作家によるオーストラリアを舞台にした作品ながら、英国に
おけるミステリーの頂点、「CWA(英国推理作家協会)賞」’07年度ダンカン・ローリー
ダガー賞(旧名称ゴールド・ダガー賞・最優秀長編賞)を受賞している。
ピーター・テンプルはオーストラリア人として初のCWA章受賞の栄誉に輝いた。
名家の当主で老社会奉仕家が襲われ、危篤に陥る事件が起きた。
容疑者を追い詰めた警察は、アボリジニの若者ふたりを結局死に至らしめ、ひとりを
逮捕する。事件は解決したかに見えたが、キャシン刑事は腑に落ちないものを感じ、強制的に休暇を命じられながらも独自に捜査を続ける。やがて明らかになってゆく
おぞましい真相・・・。
本書では、先住民族アボリジニの人種差別問題、自然環境保護の問題、そして少年への性的虐待の問題など、社会的なテーマが物語の中枢にあって、ゴールドコーストグレートバリアリーフ、コアラ、など、日本人にとっては明るいリゾート観光地として
知られるオーストラリアの影の部分が抉り出されていて、改めて考えさせられる。
また、ピーター・テンプルの、言い切りが多く、余計な説明的文章をほとんど差し挟ま
ない、まるで読者を突き放すかのような独特の語り口は、そのまま心身ともに煩悶する孤高の主人公キャシン刑事の存在感をハードボイルドタッチで表しているといって
いいだろう。
しかし、テンプルは、渡りの労働者レップ、兄のマイケル、陽気な従兄弟のバーンと
キャシン刑事とのふれあいを通じて、彼に対しての救いも用意している。
本書は、社会派を標榜する硬派のミステリーであると同時に、人々の運命がさまざまに交錯する人間ドラマでもある。