読書記録31

シマロン・ローズ (講談社文庫)

シマロン・ローズ (講談社文庫)

アメリカにおけるミステリーの最高峰、「MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞」’98年度
ベスト・ノヴェル(最優秀長編賞)受賞作である。ジェイムズ・リー・バークは’90年度の同賞も『ブラック・チェリー・ブルース』という作品で受賞しており、本書で2度目の受賞に輝いた。
ハードボイルド小説の魅力はその主人公にあるといっていいだろう。
本書のビリー・ボブはそれにまさにうってつけの人物である。41才の彼は、警察官と
テキサスレンジャー(テキサス州公安局承認の半官半民的捜査員)を経験したのち、連邦検事補を経て、今はテキサスのとある郡庁所在地であるデフスミスという田舎町の弁護士だ。彼にはテキサスレンジャー時代に誤って相棒を撃ち殺してしまったことと、かつて愛した女性との間にできた子供が今は他人の子として成長し実の親子の
名乗りを上げられないことの、ふたつの過去がある。
物語は、彼の悪を憎み正義を貫くため、頭に血がのぼり我を忘れるほど暴力にのめりこんでしまったり、それらの暗い過去の亡霊や曽祖父・祖父との血のつながりから、
それではいけないという矛盾や葛藤を自身の中に抱え込み、みずからをストイックに
律しようと苦悩したりする姿が描かれる。
事件は、くだんの息子が容疑者となったレイプ殺人、留置場から脱走した前科者が
焼き殺される事件、保安官の惨殺事件などだが、息子の無実を信じるボブの調査や法廷でのシーンを通して、地元名士の親子の確執、胡散臭いメキシコ人麻薬捜査官、自分の過去と関りのあるらしい凶悪な前科者、ボブが恋心を抱く保安官助手、隣人の息子とのこころのふれあいなどのエピソードを交えながら、ボブの、われわれが常識で知る弁護士とは全然違う生き様を、深く、時には暴力的に、時には詩情豊かに謳い
上げてゆく。
本書は、謎解きの興味は脇に置かれているものの、癒せぬ傷を抱えた男の誇りと
哀しみに満ちた、読み応えのあるネオ・ハードボイルド・ストーリーである。