読書記録44

北壁の死闘 (創元推理文庫) (創元ノヴェルズ)

北壁の死闘 (創元推理文庫) (創元ノヴェルズ)

邦訳された’87年の「第6回日本冒険小説協会大賞」外国軍大賞受賞作。
また、早川書房の『ミステリ・マガジン』のアンケートをもとに’92年に刊行された
『冒険・スパイ小説ハンドブック』において、「冒険小説ジャンル」で第10位にランクインしている。
さらに、’88年、「このミステリーがすごい!」創刊号海外編で第3位にランクインも
している。
時は第二次大戦も終盤、欧州戦線において起死回生を図るべくナチスドイツは秘密の特殊作戦を敢行する。それは原子爆弾製造で、英米軍に比べて遅れをとっている
自軍の研究開発を有利にするため、スイスの、今は観光で有名なユングフラウヨッホの連合軍研究所からデンマークの原子物理学者を誘拐するというものだった。
集められたのはシュペングラー軍曹以下の山岳登山経験者たち。彼らは厳しい訓練ののち、現地へと向かう。第1部「勇士たち」がその前段部分で、第2部の「極秘任務」がその実行である。
物語は比較的平板な第1部を経て、第2部にいたって俄然緊迫する。スパイにより
情報をキャッチされたシュペングラーたちは窮地に陥り、世界的に最も急峻といわれるアイガー北壁の頂上をめざす登攀を強いられる。
情け容赦ないアイガー北壁の大自然の猛威と、岩壁登攀に詳しい海津正彦の翻訳による正確で迫真の登山描写とで、圧倒的な臨場感が醸し出され、本書は読者に
息継ぐ暇を与えない。
いみじくもシュペングラーは作中で「この山にいると、戦争が何とも卑小なものに
感じられてくる」と思い描く。
また本書は、プロローグとエピローグが現代で、BBC補助調査員のドキュメンタリー
・タッチのミステリー趣味があったり、シュペングラーらの仲間同士の友情や連帯の
人間ドラマがあったり、彼とスパイのヘレーネとの淡い禁断の恋があったり、決して
長い長い大作ではないが、それに匹敵するだけの重みと奥行きが凝縮されている。
本書は、まさに“死闘”と呼ぶにふさわしいストーリー展開と謎解きの興趣、人間ドラマの深みに満ちた超一級の山岳冒険小説である。