読書記録71

越境 (ハヤカワepi文庫)

越境 (ハヤカワepi文庫)

現代アメリカ文学の巨匠コーマック・マッカーシーによる<国境三部作(ボーダー
・トリロジー)>の第2作。1作目の『すべての美しい馬』とは時代も登場人物も異なった別の物語である。といっても、少年ビリー・バーハムがメキシコへ3度も“越境”し、苦難に満ちた冒険をするという、物語の枠組みでは共通している。
時代は前作をさかのぼること約10年。1940年から44年にかけて。両親と弟と一緒にニュー・メキシコの牧場で暮らす、当時16才のビリーは、森の伐採によって餌と仲間を失い、紛れ込んで罠にかかった牝狼を故郷のメキシコに連れ帰ろうと、家族には
何も告げずにひとり馬に乗って不法に“越境”する。これだけで物語の約3分の1を
占めるのだが、緊密な構成と迫力のある文章で読者を圧倒し、それだけで完成度の高い「動物文学」となっている。ところがマッカーシーは、さらに2度の“越境”をビリーに課してゆく。
当初の目論見に挫折した彼が帰郷すると、牧場は泥棒に襲われ、両親が殺され、
馬が全部盗まれていた。ビリーは馬を取り返すべく、生き残った弟のビリーを連れて
2度目の“越境”をする。3度目の“越境”は、徴兵検査に不合格になり、兵士への道を閉ざされたビリーが、前回はぐれた弟を捜し求めるためだった。
本書は、第1作の『すべての美しい馬』を質・量ともにはるかにしのぐ大作だが、
マッカーシーは、ビリーにこれでもかというような苛酷な試練を与え続ける。最期に
すべてを失ってしまったビリー。ここでいう“越境”とは、人間社会の日常から、メキシコという世界の奥深い秘密が現れる底知れぬ闇の迷宮とでもいうべき<幻想空間>への“越境”ともいえる。そういう意味では、本書は、本筋とは関係の無い、差し挟まれる3つの寓話的物語も含めて哲学的・形而上的な物語となっている。
本書は、エンタメ色をまったく排したビリーの残酷な青春小説であるが、マッカーシーが3作目の『平原の町』でどのようにこの三部作の決着をつけるのか興味深いところ
である。