読書記録94

バスク、真夏の死 (角川文庫)

バスク、真夏の死 (角川文庫)

超寡作ながら、『夢果つる街』(’88年、「このミス!」海外編第1位)、『シブミ』、
『ワイオミングの惨劇』(’04年、「このミス!」海外編第3位)など、1作ごとに趣向の
異なる名作を生み出した異色の覆面作家トレヴェニアン。本書は’83年発表の恋愛小説仕立てのサイコ・スリラーである。
1938年8月、フランス・スペインにまたがるバスク地方の小さな温泉保養地サリーを再び訪れた‘私’ことジャン・マルク・モンジャンは第一次大戦前の1914年の夏の
当地での出来事を回想する。
当時‘私’は25才で、町の診療所で雇われ医者として働いていた。そこでパリから
やってきた若い娘カーチャと恋に落ちる。
彼女はサリーからさらに2.6キロ離れたエチェベリア荘で双子の弟ポールと父親
ムッシュ・トレビルの3人で住んでいた。頻繁にお茶に訪れるようになった‘私’に対してポールはなぜか冷たく当たる。そして父親は世捨て人のような暮らしをしていた。
‘私’はポールから、なぜトレビル一家がパリからひなびた田舎へやってきたか、その理由を教えられるのだった。
近郊の村アロスで村をあげて三日間にわたって催される夏祭 “溺れた処女の祝祭”にトレビル家の3人と一緒に出かける‘私’だったが、“祝祭”から帰って、美しい夏が
終わる頃悲劇が起こる。
本書は大半が、バスクという特異な土地の地方色を濃厚に盛り込んだ‘私’のカーチャに対する恋愛物語であるが、そこはトレヴェニアン、ラストで思いがけない
精神分析学的サイコ・スリラーが展開され、哀しい結末を迎える。
思えば本書は、‘私’の四半世紀前の回想という形を取り、作品世界はすべて「過去」にのみ存在し、すべて‘私’のなかで既に完結している「事実」であり、だからこそ
さまざまな伏線が張り巡らされ、恐るべきクライマックスが効果をあげているのでは
なかろうか。