読書記録95

夢果つる街 (角川文庫)

夢果つる街 (角川文庫)

’88年、「このミステリーがすごい!」の記念すべき創刊号の海外編で第1位になった(ちなみに第2位がスコット・トゥローの『推定無罪』)、超寡作で異色の覆面作家
トレヴェニアンの第3作にあたる警察小説。
再読である。キャスリーン・レイクスの『既死感』を読んで本書の舞台となっている
カナダはモントリオールの“ザ・メイン”地区の描写があって懐かしくなったのと、同じ
トレヴェニアンの第5作『バスク、真夏の死』を読んで感動を呼び起こされたのとで、
ほぼ10年ぶりに本棚から引っ張り出したのだ。
本書の原題でもある“ザ・メイン”はモントリオールで各国からの移民たちが暮らす、
猥雑な、いろんな国の言葉が飛び交う喧騒に満ちた無秩序な、一歩間違えたら
スラム街とも言えそうな一地区である。クロード・ラポワント警部補53才は、32年間この地区のパトロールを受け持って、裏も表も知りつくした警察官である。
メインのストーリーは、この地区で身元不明の刺殺死体が発見され、彼が地道な捜査を行い、犯人にたどりつくという警察小説である。
このラポワント。若くして妻を失い、動脈瘤をかかえ、月・木曜日の晩に仲間とカード
・ゲームをし、それ以外はひとりアパートでエミール・ゾラを読書する、時代遅れの
頑固者で、レネ市警本部長からは早期退職勧告を受ける始末。殺人事件でペアを
組まされる新人刑事ガットマンとのやりとりや、私生活で若い娼婦を自宅アパートに
泊めてやるといったエピソードも見逃せない。
この小説の本筋はこれらラポワントのアイデンティティーであり、捜査の過程で出会う“ザ・メイン”の底辺の人たちの生き様であり、“ザ・メイン”そのものなのだ。
トレヴェニアンは全編を通して、きわめて抑えた筆致で地味に全体を描ききっている。その結果、本書からは独特の芳醇な情感が醸し出されて、読むものの心を打つ
のである。
本書は、ラポワントを通して、彼と一体化していると言ってもいい“ザ・メイン”を
フィーチャーした、何度読み返しても味読に値する傑作である。