読書記録112

評決

評決

壮&美緒というシリーズキャラクターが活躍するトラベル・ミステリーとは別に、年に1作社会派色の強いノン・シリーズの本格ミステリーを発表している深谷忠記だが、本書は後者にあたる’10年の作品。
志村雅江と畑中英里佳は同年同月同日生まれだった。小学4、5年で同級になり
仲良くなったが雅江はクラスのボス的女子生徒に仲を裂かれて、英里佳の転校で
別れた。英里佳はその後有名私立校から東大法学部を出て裁判官になるという
エリートコースをたどったが、雅江は、生活破綻者の母親のおかげで大学進学の夢も断たれ、結婚して一子をもうけたが、のち離婚、我が子に会うことも許されない。いまはコンビニとちゃんこ料理店のアルバイトである。
この、境遇に天と地ほども差のあるふたりが19年の歳月を経て、揃って30才を迎え、裁判員裁判の場で交叉する。
「序の章」でふたりの今まで、そして現在が語られ、「破の章」で読者は冒頭から
いきなりサプライズを味わうことになる。以下は、深谷忠記の綿密な取材力による
裁判員裁判の仕組みや実態の、実に分かりやすい描写に沿ってストーリーが展開
する。「急の章」では、今度は雅江と英里佳が違う立場で、似たようなシチュエーションの事件の当事者となる。
本書は、裁判員裁判に批判的な立場をとっているわけでも、トリックとして扱っている
リーガル・ミステリーでもない。しかし、読者は運命のいたずらとしか思えないふたりの女性の邂逅をもってして、いかにも実際にありそうな、しかしながら波乱に富んだ
心理サスペンスを、老練な深谷忠記の筆運びによって味わうのである。