読書記録7

ダブリンで死んだ娘 (ランダムハウス講談社文庫 フ 10-1)

ダブリンで死んだ娘 (ランダムハウス講談社文庫 フ 10-1)

イギリス連邦およびアイルランド国籍の著者によって英語で書かれた長編小説に
与えられる、名実共に最も権威のある文学賞ブッカー賞」。
本書は、’05年度『海に還る日』でそれを受賞した現代アイルランドを代表する作家
ジョン・バンヴィルが、受賞直後の’06年にベンジャミン・ブラックという別名義で発表
したミステリー。
1950年代のアイルランドの首都ダブリン。<聖家族病院>の病理科医長で検死官でもあるクワークは、ある夜搬送されてきた、死因が不可解な若い女性の死体に目をとめる。しかしそれはその後ファイルごといつの間にか消えていた。その陰で同じ病院の産婦人科医長である彼の義理の兄(それぞれの妻が姉妹)マルの不審な行動が
あった。彼女の周辺を探ろうとしたクワークであったが、生前の彼女と関わりがあった産婆が命を落とし、彼自身も警告や脅迫が寄せられ、暴力の洗礼まで受けてしまう。すわ、謎の女性の謎の死をめぐる犯罪小説かサスペンスと思うとそうではない。
物語はクワークを含めた、ダブリンとアメリカのボストンの、複雑なふたつの家族関係とそれぞれの他人には言えない秘密の過去が次第に暴かれてゆく。やがて悲劇的な結末が・・・。
そこに、孤児として育ち、マルの父親に拾われ、大富豪の娘を妻にしながらも
先立たれて、今や酔いどれのやもめである中年男性クワークの鬱屈した心象風景が絡んでくる。
季節で言えばいつも冬であるような、陰鬱な大戦後のダブリンとボストンが舞台というそれだけで“暗く重苦しくひそやかなもの”があるが、本書は、悪意のない人びとの弱さや過去の罪が現在残酷な形であらわれる悲劇であり、読後にずっしりとした重い感触が残る異色のミステリーである。