読書記録21

天地明察

天地明察

ご存知’10年、「第7回本屋大賞」、「第31回吉川英治文学新人賞」受賞作。これまで一部のファンの間では熱烈な支持を得ていた冲方丁(うぶかたとう)だが、初めて
時代小説にトライした本書でブレイク、一躍全国区の作家になった。
本とコミックの情報誌『ダ・ヴィンチ』’11年1月号で発表された、読書好き4652人のアンケートによる「ブック・オブ・ザ・イヤー2010」総合第2位(ちなみにTOPは
村上春樹の『1Q84』BOOK3)、ミステリー・エンターテインメント第4位に選ばれた。
「今日が何月何日であるか。その決定権を持つとは、・・・宗教、政治、文化、経済
―全てにおいて君臨するということなのである。」暦とはこれほど重みのあるもの
なのか。まず、それに驚いた。江戸時代、4代将軍徳川家綱の時代、そんな日本独自の暦を作ることに生涯をかけた男がいた。渋川春海(しぶかわはるみ)は、碁の名家の生まれで、幕府の公務として将軍の前で碁を打つ身分だったが、一方でそれにも
増して算術に身をのめりこませるほど興味を持っていた。物語は、碁を通して幕閣の重鎮とも親しく接する“特権”があった春海が、能力を見出され、彼らの推挙と命に
よって、数多くの知遇と協力者を得て暦作りに奮闘する20年余りの歳月が描かれる。
この春海のキャラクター造形が秀逸である。さまざまな出会いや出来事に対してやたら大げさな、「蹌踉」「瞠目」「慙愧」「凝然」「卒然」それこそ時代がかった表現で反応するのだが、すこしも重々しさは感じない。むしろ情熱的で爽やかな青春成長小説の趣がある。
また、ふだんあまり気に留めない、碁や算術、暦といったものの成り立ちについて、
読者の知的好奇心を充たし、一方で戦乱の世から泰平の世になり、幕府と朝廷との
関係、為政者の方針が武断から法治・文治へと移りゆく様などがよくわかる歴史書
としての一面も併せ持っている。
まさに、本書はエンターテインメント時代小説と呼んでしまうのが惜しいような
『士気凛然、勇気百倍』の力作である。