読書記録27

ガラスの鍵 (光文社古典新訳文庫)

ガラスの鍵 (光文社古典新訳文庫)

今回から6回にわたって、ハードボイルドの系譜を、その始祖ハメットからたどって、
現代のコナリー、ウィンズロウまで、「読書記録」する。
生涯に5つしか長編小説を書かなかった“ハードボイルドの始祖”ダシール・ハメットの第4作。’30年3月号から6月号まで伝説的パルプ・マガジン『ブラック・マスク』に4回にわたり連載されたのち、翌年単行本として発行された、ハードボイルドを「アメリ
文学の1ジャンル」として高めた、いまや古典的名作である。
講談社の文庫情報誌『IN★POCKET』の’10年11月号「2010年文庫翻訳
ミステリー・ベスト10」で「作家が選んだ」部門同点第16位にランクインしている。
主人公は賭博師ネッド、ある日親友で市政を陰で牛耳る実業家ポールから間近に
迫った選挙で現職のヘンリー上院議員の手助けを頼まれるが、即座に断る。折りしもその翌日、ヘンリー上院議員の息子テイラーの遺体をネッド自らが発見する。事件が公になった直後からポールが犯人であるという噂が飛び交い、怪文書が出回る。殺人の容疑をかけられ、市政選挙でも突如として劣勢に立たされた親友の窮地を救おうとネッドは事件の解明に乗り出す。
彼は決して不死身でもタフでもなく、敵対するギャングの手下に散々痛めつけられ
自殺まで図る。それでも彼は暴力や拳銃にものを言わせることは一度もなく、じりじりと真相に迫ってゆく。
ふたつの世界大戦のはざま、禁酒法、そしてギャングが暗躍する不穏な時代を背景に、ハードボイルド小説の世界にしては珍しく、私立探偵でも官憲の捜査官でもない、やくざな稼業である一介の賭博師を主人公に据え、また「正義」ではなく、「自分の
損得勘定」を考慮して、腕っ節の強さではなく、切れ味鋭い頭脳、深い洞察力を武器にして立ち居振舞う姿を描いたところにこの小説の特長がある。
他の作品『赤い(血の)収穫』や『マルタの鷹』とは一線を画した本書は、ハメットが
もっとも誇りとした、彼の目指すハードボイルドの完成形なのではないだろうか。