読書記録43

黒き水のうねり (ハヤカワ・ミステリ文庫)

黒き水のうねり (ハヤカワ・ミステリ文庫)

映画とTVの世界でシナリオライターとして活動をしてきた、本書の舞台である
テキサス州ヒューストン生まれでLA在住のアフリカ系アメリカ人女性、アッティカ
・ロックの小説デビュー大作。惜しくも受賞は逃したが、アメリカにおけるミステリーの
最高峰、「MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞」の’10年度ベスト・ファースト・ノヴェル
(最優秀新人賞)にノミネートされた(受賞したのはステファニー・ピントフの『邪悪』)。
1981年ヒューストン。ジェイ・ポーターは、妊娠9ヶ月の妻を持つ、経営の苦しい個人事務所を営むアフリカ系アメリカ人の弁護士。8月1日、妻の誕生日の記念に乗船
した、名ばかりでみすぼらしい“ムーンライトクルーズ”で事件に遭遇する。女性の悲鳴と銃声。川に飛び込んで女性を救ったジェイは、それ以上の関りを避けて彼女を
警察署の前で下して去る。ところが後日の新聞記事で当日男が射殺されていたことを知り、彼は底なしの深みにはまってゆくのだった・・・。
謎の男につけられ、多額の口止め料を差し出される。やがて、事件は当地の一大石油コングロマリットが政府と絡み、隠蔽をはかるという、とりわけジェイのような人種には
手に余る巨大なものであることが明らかになってゆく。
ジェイの胸に呼び起こされるのは、10年前、自らが暴動の先導者とでっち上げられ、逮捕され、有罪の瀬戸際まで追い詰められた経験にもとづく、人種差別という大きな
問題だった。白人の暴行で父を、生まれる前に亡くした昔ほどではないが、当時も
10年前もアフリカ系アメリカ人にとっては始終怯えなければならない苦難の生活を
余儀なくされていたのだ。
ラストは事件の壁に“愚直”にも果敢に挑むジェイの姿で終わるが、本書は一貫して
三人称現在形の乾いたハードな文体で臨場感豊かに、全編にわたって歴史に
根ざしたこの人種差別というアメリカ国家が抱え続ける“暗部”を語った問題作である。