読書記録44

死を騙る男 (創元推理文庫)

死を騙る男 (創元推理文庫)

「北アメリカの純文学作家の変名」という情報しかない、インガー・アッシュ・ウルフの
デビュー作にして緊迫の力作。
とにかく全編にわたって異様な雰囲気の漂う作品である。カナダ太平洋岸の地方都市で個人的な教会を運営するサイモンと名乗る狂信的な司祭が、不治の病に冒され
余命いくばくもない人びととネット上で死の契約を結び、彼らを順番に、特異な方法で
殺して大陸を東に進んでゆく。トロントにほど近い田舎町ポート・ダンダスで11月、
その十何番目かの“儀式”が執り行われた。被害者は末期癌の81才の老婆。
捜査に当たったのは本書のヒロイン・所轄の田舎町の警察署の署長代理で61才の警部補ヘイゼル。署は現場に立つ警官がわずか12人。凶悪な事件などめったに
起こらない。統廃合の対象とみなされ、ヘイゼル個人は不本意な離婚を経験し、
ひどい腰痛を抱えて鎮痛剤とアルコールに依存、87才の元町長の母親とふたり
暮らしという設定である。
彼女は、日をおかずに近郊でまた発生した殺人事件とこの事件の類似点から、
連続殺人ではないかという疑いを持つ。やがて自分の所管の管轄を超えた、さらには
職掌権限までも超えて、カナダ全土に広がる‘ベラドンナ’と名付けた犯人の凶状の
捜査を進める。
犯人の、死へと誘う異様な動機と、ヘイゼルたちの真相に近づく捜査の行方に、
クライマックスのふたりの直接対決まで読者は思わずどんどん読み進んでゆくこと
請け合いである。
本書は、‘ベラドンナ’と死の契約を結ばざるを得なかった人々の苦悩を背景に、
狂信的連続殺人犯と、苦闘を繰り広げるヘイゼルのふたりをドラマチックに描いた
作品である。