読書記録60

wakaba-mark2011-04-22

ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ (上) (ハヤカワ文庫NV)

ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ (上) (ハヤカワ文庫NV)

ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ (下) (ハヤカワ文庫NV)

ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ (下) (ハヤカワ文庫NV)

ヨーロッパ系の名前だが、’70年生まれのアメリカ人であるオレン・スタインハウワーは、『嘆きの橋』(’03年、CWAやMWAなど5つのミステリー新人賞候補となる、訳出は’05年)でデビュー。続く『極限捜査』(’04年、訳出された’08年、「このミステリーがすごい!」海外編で第14位にランクイン)を含む、いずれも架空の東欧の小国を
舞台に民警捜査官たちの活動を描いた≪ヤルタ・ブールヴァード≫5部作を完結
させ、’09年、“21世紀型のスパイ小説”と評価される本書を発表した。
’10年、「このミステリーがすごい!」海外編で第17位にランクイン。また、ジョニー
・デップ、アンジェリーナ・ジョリー主演で、同一のタイトルだがストーリーは全く別物で、映画化もされた。
<ツーリスト>とは、CIAが世界各国に放った非合法諜報工作員。冒頭、2001年、
自殺まで思いつめた苦悩の<ツーリスト>、ミロ・ウィーヴァーが組織の工作資金を
持ち逃げした仲間の上司を追ってのヴェネチアでの行動と無残な結果で幕を開ける。
そして物語は一気に2007年7月に。一線を退いたミロに上司から機密漏洩が
疑われる旧知の同僚の調査を命じられ、最前線に復帰、パリへ赴く。
そこからは一気呵成である。殺人の容疑をかけられたミロが逃亡しながら真相を探るという暗闘が続くのだが、展開は二転三転四転、工業化が進む中国、そこに石油を
輸出するアフリカ、ロシアの実業家、自殺を遂げた暗殺者、ミロを追う国土安全保障省スペシャル・エージェントたちが入り乱れ、読者は何を、誰を、上司すらも信じられ
ない事態に追い込まれるミロの姿を見る。やがてミロ自身の出自の謎までも・・・。
本書は、9・11以後混迷を深める世界情勢を、ミロという、ハードな活動をしながらも休暇に家族と遊び、常に家族を大切に思う、ひとりの<ツーリスト>をフィーチャー
して、従来のマッチョなヒーロー・スパイ小説とは一線を画し、シニカルに切り取った
エンターテインメントではないだろうか。
最後に、現在では馴染みのない難解な言葉や言い回しを多用した年配者による訳出が、本書の魅力を損ねてしまっていることは残念に思った。